上田城

今回は「上田城」です。










上田城は、甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸により、1583年(天正11年)に築城された平城である。真田昌幸が二度にわたる徳川軍の攻撃を撃退した上田合戦が行われたことで有名。江戸時代には上田藩の藩庁が置かれ、真田氏が信濃国松代へ転封された後は仙石氏が入城し、破却された上田城を現在のような姿に再建した。仙石忠政により、再建された本丸の 3棟の櫓(南櫓、北櫓、西櫓)など建物の外壁は煤と柿渋で防水した板を用いた下見板張の黒い外観である。明治以降は、破却や城外への移築が行われて城内には石垣と櫓が1棟残るのみであったが、昭和期に、移築されていた本丸の櫓2棟が元の位置に復元され、平成期には櫓門や塀などが木造復元されている。










現在は旧二の丸内が上田城跡公園という公園になっており、毎年花見の季節になると、多くの市民や観光客で賑わう。また、敷地内には市営球場、市民会館、市立博物館などが置かれている。本丸跡には、明治に松平神社として建立された歴代城主を祀った神社がある。現在では、真田神社と呼ばれている。境内には古井戸があり、「城外への抜け穴になっていた」との伝説がある。三の丸の藩主居館跡には、松平氏時代の屋敷門と堀が残されている。同地は現在上田高校の敷地として利用され、門は学校の正門として使用されている。(本文はWikipediaより)

「お城ファンが選んだ 好きな城ベスト10」では、姫路城(2位)大阪城(3位)を抑えて1位に選ばれているとか。実際見ると正直地味な感じを受けましたが、本当に好きな人にはこの良さが分かるみたいですね。


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